ひとやの新曲について
ひとや、これってお兄さんに対しての気持ちがある程度一区切りついたってことかな…?
和衷共同の時点で多分かなりひとやの心に動きがあって、そのあとどうなるんだろうと考えていたところにこのソロ曲……
ナゴヤと出会って少なくとも気持ちに変化が起きたってことよね……!
だって初期のひとやには考えられないような曲じゃないですか……
ひとやが曲通してどんどん成長?というか色んなことが雁字搦めだったものが少しずつ解けていくのがめちゃくちゃ感じられて……すご……エモ…………😭
ということで?新曲の歌詞を写経しましたよ。今出てるとこまで歌詞全部ノートに書き出してガバガバ脳で一生懸命考えました。
歌詞の内容は割とセンシティブでこれまで触れられてなかったひとやの核の部分に思い切り触れて自ら歌い上げていて。
だけど暗いように思えて非常に爽やか。
気持ちが前を向いていて、これから明るい未来に歩き出していくひとやの姿を想像させられる曲だなーと(あくまで私は)
これまで辿ったひとやの生き様を集約した集大成みたいな曲で、めちゃくちゃ烏滸がましいんですが、「あ、ひとやはもう大丈夫だ」って思った(オカン?)
曲のサビにでてくる「世界」がいろんな意味に思えて。過去の自分を指しているようにも聞こえるし、ナゴヤの2人を指しているようにも聞こえるし、多分どれもそうなんだと思う。
囚われて泣いていたどうしようもない過去の自分を、今の自分がダンスに誘ってるんだと思ったら普通にウルルン滞在記でした。
ひとやはたくさんの人の力で、自分自身と決着をつけて過去と向き合ったんだねって伝わる曲で…多分ライブでやられたら私は号泣します。夜露死苦。
余談ですがひとやにとって「和衷共同」が大きな分岐点じゃないっすか。多分
自分の中では和衷前、和衷後、みたいな考え方してます笑
和衷共同前だと、お兄さんの話題を自分から出すことはしない、しゃっくーさんに触れられてもスルー、とにかく「誰も触るな期」
でも和衷を経て、1人抱え込んで溜め込んでいたものをクコに全力でぶつけたひとや。
これまで自分の言っていることは周りから認められず止められるとわかっていたからこそ、誰にも触れられたくないし口を出されなくなかった。
だけどそれって、裏を返せば誰にも触れられたくないほどに辛い心の内を、誰かに気づいて欲しかったんじゃないかって。
助けて欲しいとはまた違うけど、誰も触るなは誰か認めてくれの裏返しだったんじゃないかなあって私は勝手に解釈してるわけです。
そして、遠慮なく踏み込んでひとやの叫びを全力で受けて、全力で返して"対等"でいてくれる存在がついにあの和衷共同で現れた
くこと本気のぶつかり合いをする中で弁護士で大人という硬くて重かった甲冑を脱ぎ捨てて、ただのアマグニヒトヤという1人の人間として、くうこうに初めて「兄さんを忘れたくない」と心の柔らかい部分にある本当の声を口に出したんですよね…
(このセリフのたけ〜ちさんの少し震えるような声、好きすぎるんだけどどうする?)
くうこうはまさしくヒトヤの"衷"にふれたわけです
そこからさらに命の大切さを誰よりも知っているひとやが、「お前らのためにいのちをかけてやる」とくこに言ったのは、ひとやの持つあらゆる言葉の中でも最大級に値する本気を感じざるを得ないのです
そういう諸々を経て今回のソロ曲が出たんだなって思うとさ……ほんとに言葉失う
ここで思い出すのがナゴヤのラジオ回なんですが……
あのホーム感というか、通じあってて心地良い空気感を思い出すと確信するのですよ
くうこうとじゅうしは、多分死ぬまでひとりじゃないって隣で叫んでくれるよ。
ありきたりな毎日を一緒に笑ってくれるよ。って😭😭😭😭😭😭🙏🙏🙏🙏🙏
誰にお礼言えばいいかわかんないけど取り敢えずでけぇ声で叫ばしてくれ
ありがとう‼️‼️‼️‼️‼️‼️
こんな心強い家族に出会って本当によかったね……涙
完
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